2013/05/11

サンデルによるロールズ批判について


 ロールズの無知のヴェールという思考実験に対してサンデルが「負荷なき自我」だと批判したのは有名である。現実世界の人間は生まれた瞬間から何らかの共同体に属しており、その意味でロールズが想定する人間観は間違っている、という批判である。サンデルに言わせれば人間は「状況の中の自己」として理解されるべきであり、それを前提のひとつとして政策を決定するべきなのである。

 しかし正直言ってこのサンデルの批判はあまり納得がいかない。ロールズの関心は黒人差別の問題や女性の地位向上など、主として社会的弱者救済にあったようである(伊勢田哲治『動物からの倫理学入門』)。市民革命以降の政治の大きな流れとして、社会的、文化的背景に関係なく人間は最低限認められるべき権利を有する、というのがある。要するに家父長制の色濃い東アジアの社会であろうが、白人を特別視する社会であろうが、それとは関係なく女性や黒人にも参政権などの最低限の権利は認められるべきだろうということである。

 このような関心からロールズは、社会あるいは文化の価値観に引きずられることなしに、フェア、公平な政策を採用するにはどうすればいいか、ということで無知のヴェールを持ち出したはずである(少なくとも私はそう理解してる)。

 それに対してサンデルの「ロールズの人間理解は間違っている」という批判はやや的外れではないだろうか。確かにサンデルの言うとおり現実の人間は「状況の中の自己」として存在している。しかしロールズもおそらくそれはわかっていたはずで、その上で公平な社会を構築するには一旦そのことを忘れて考えればいい、というのがロールズの主張だろう。

6 件のコメント:

  1. 同じ解釈です。サンデルの議論は現実から原理を批判するものになっていて、共同体同士の対立について解決法を提示することができない仕組みになっているのが致命的な欠陥だと考えています(おそらくホッブズやルソーの「自然状態」もモナド的人間を前提とした議論だと捉えているはずです)。

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    1. コメントありがとうございます。
      入門書レベルのサンデルの解説を読むと、文化相対主義となにが違うんだろうというのは感じていました。なんらかの形でサンデルは解決法を提示しているのだろうと想像していたのですが、そうではないのですね。

      リンク先のページ、楽しく読ませてもらっています。とくにミルの功利主義についてのページが、一般向けの入門書やwebページでよくある、ベンタムのおまけのような形で「満足した豚よりは~」のフレーズだけが簡単に紹介されているだけで終わっていないのに感心しました。

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    2. ミルは『自由論』についてはよく着目されますが、その基礎に功利主義的観点があることについては、あまり取り上げられていないような気がしています。「自由万歳!」だけだと「俺の自由万歳!他の人がどうだろうと知ったこっちゃない」に対してきちんとした反論が置けませんが、ミルはその点きちんとしているというのが私の解釈です。

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    3. ミルについては『自由論』を中心とした政治学的側面と『功利主義論』を主とした倫理学的側面とで別々に語られることが多いですが、ミルが自由は大事だと主張したことを理解するには当然ミルの功利主義についてもおさえておく必要がありますよね(当たり前といえば当たり前ですが)。

      『自由論』に言及するときにミルの功利主義が軽視されがちなのは、私見ではミルの功利主義が倫理学の世界であまり評価されてないところに原因があるのかなと思ってます。高く評価されてる『自由論』を語るのに、なんで評判の悪い『功利主義論』にまで目を向けないといけないんだという感じで。

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    4. そうなんですね。。アカデミズム的にはやっぱりカント~ロールズ的義務論の流れが優勢なのでしょうか。であればニーチェの倫理学なんて入るスキマはなさそうですね。個人的には高く評価している面もあるんですが^^;)

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    5. ミルの功利主義が今日軽視されるのは義務論との対比というより現代的な選好功利主義との比較からが大きいと思います。
      ベンタムよりも理論的に洗練させたとはいえ、ミルの功利主義はベンタムの功利主義とほぼ同一視されることが多いので選好功利主義に比べるとミルのには魅力がないんでしょうね。同じ功利主義ならミルの快楽説より選好充足型の方がいいよねっていうのはまあ私も同意しますし(笑
      ただミルがベンタムより優れてるのは質的快楽説を採用したことだけみたいな説明がされることがたまにありますが、それはほとんど不当な評価だと思います(そもそもミルが残したベンタム批判の文献の中では「満足した豚よりは~」に類する指摘より別の論点の方が圧倒的に多いですから)。
      それから確か倫理学史的にはムーアに自然主義的誤謬を犯していると批判されたのがミルの功利主義に大きなダメージを与えたってことになってたかと思います。

      ニーチェに関しては私はほとんど知らないのでリンク先のページで勉強させてもらいますね(笑

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